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2009年1月18日 (日)

特急「利尻」の記憶

2009年3月14日のダイヤ改正で東京駅を発着するブルトレが全廃されることが発表されて、およそ1ヶ月。夜行列車を取り巻く環境も大きく変化します。そこで、少しではありますが、夜行列車の乗り鉄の記憶をお送りしてみたいと思います。

夜行列車の記憶・第1弾は、特急「利尻」です。2003年7月、私自身初の北海道。その時に乗車したのがこの列車です。「ゴロ寝カー」の記憶です。

札幌を23:02に発車して稚内に6:00に到着。道北観光に便利な列車でしたが、2006年3月以降は臨時列車化され、2007年9月30日の運転をもって廃止されてしまいました。

写真1枚目:この日は後ろ2両に「ゴロ寝カー」が連結されていました。車内は盛況で本当にごろ寝の様相でしたが、けっこう眠れた記憶です。

写真2枚目:終着・稚内に着いて、車内の様子を1枚撮ってみました。

写真3枚目:利尻島や礼文島へ行く人々もいれば、私のようにゆっくりして宗谷岬へ行く人も・・・。朝の懐かしい風景です。

写真4枚目:帰りは特急サロベツにお座敷車として組み込まれ、しかも自由席で乗車できるという大サービスでした。稚内~旭川まで空いている車内で、掘りごたつ式のお座敷をじっくり味わった懐かしい記憶です。Risiri1 Risiri2 Risiri3 Risiri4

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コメント

オーター様
そういえば枝幸という地名もありましたね。JR時刻表のさくいん地図を見ながら書いています。宗谷本線はこの時1回しか行ったことがなく・・・です。
「ミッドナイト」は18きっぷで乗れる夜行列車というイメージで覚えておりますが、「からまつ」は知らない私です(苦笑)。

投稿: かがやき392号 | 2009年1月23日 (金) 21時39分

こんばんは、今夜もしつこく?書きますね。興部は名寄本線で興浜北線の始発駅、浜頓別は天北線で興浜南線の始発駅でした。それぞれの終点だった、北見枝幸と雄武が結ばれれば、「興浜線」になったのでしょうが、ついに結ばれないまま、両線とも廃止されてしまいました。
 ところで、北海道の線名は始発駅と終着駅、またはその駅がある支庁の頭文字を取ったもの(釧網本線、石勝線など)、始発か終着駅の(ある支庁)名から(江差線など)、中心都市の名から(千歳線など)と単純な付け方ばかりですが、「天北線」だけはわかりにくいのです。三浦綾子と言う旭川在住だった作家に「天北原野」という作品があります。沿線の北側部分…稚内より猿払あたりまでは低い丘陵と平野が広がっていて、天北原野と俗に呼ばれています。ここから付けられた線名で、天北という駅や地名は無いのです。
 ちなみに道内を走った夜行列車といえば「快速 ミッドナイト」や、チト古いですが「からまつ」はごぞんじですか?

投稿: オータ | 2009年1月23日 (金) 20時36分

オーター様
今の時代からは考えられなくなってしまいましたが、心和む懐かしいお話ですよね。興部や浜頓別といった地名を思い出しました。そういえば、旭川までは札幌23時05分発の特急が走っていますよね。

投稿: かがやき392号 | 2009年1月22日 (木) 23時00分

こんばんは。「オータ」です。利尻もまりもも、ついでにオホーツクも、道内の夜行列車は、無くなってしまいましたね。今はいずれも長距離バスが夜行便を走らせています。
利尻についてもう少し書くと、特急になってからも、急行当時の停車駅をほとんど引き継いでいたので、昼行特急より多く止まりまた時間もかかっていました。それは札幌発の中長距離の最終列車(正式にはオホーツクの方が遅いダイヤ)だったからです。旭川までの中小都市へ帰るお客がけっこう乗っていました。たとえば、札幌で夜コンサートを見て、旭川方面へ帰るのに都合の良い時間帯でしたね。旭川過ぎると自由席はガラガラになることが多く、そして和寒とか天塩中川なんて、人口も少ない過疎の町の駅に停車しながら、稚内を目指して走っていたのです…天北線があった頃は、3:30に音威子府に着いて4:21の始発まで待った記憶もあります。また、幌延ではやはり廃止になった羽幌線の始発に接続していました。地元の人間からはこんなエピソードがあるのですヨ!

投稿: オータ | 2009年1月22日 (木) 20時15分

オーター様
急行「利尻」にもご乗車されたのですね。私は残念ながら本でしか知らないですが、もう少し早く生まれていれば乗れたかもしれないという思いです。
ごろ寝にもかかわらず、途中からよく眠れてしまい、風景の記憶がほとんどない有り様です(苦笑)。3時前なのに明るく・・これはビックリです。昨年7月「まりも」に乗車した際に、4~5時台での明るさに驚いたのは記憶に新しいです。
これからもよろしければ遊びにいらしてください。どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: かがやき392号 | 2009年1月21日 (水) 21時45分

こんばんは。またお邪魔します。私が最初に乗った時は旧型客車の急行で、AB寝台合造車(オロハネ)が付いていました。その後14系になりましたね。で特急に格上げ?され、DC編成に組みこまれて走っていました。
稚内手前の抜海からの利尻島は見えましたか? 7月だと天気が良くなかったかも…6月に乗った時など、音威子府の手前で3時まえなのに、東の空が少し赤くなったのにビックリでした。北国の初夏の日の出は早いのです…

投稿: オータ | 2009年1月20日 (火) 20時58分

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