カテゴリー「夜行列車」の22件の記事

2023年12月23日 (土)

2度目のサンライズ出雲・全区間乗車(その2)

昨日の記事の続きです。

翌朝、初めてラウンジに足を運んでみた。

 

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ラウンジは10号車。両側に椅子が4つずつ。

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誰もいなかったので、しばしゆっくり。新見駅を発車した後くらいの時間帯。この3~4分後くらいに利用客がやってきた。

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ラウンジの脇にシャワーカード販売機。もちろん売り切れだった。

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飲み物の自販機も。

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今回乗車した個室、出雲市にて。

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真横からもう1枚。今度はシングルツインにも乗ってみたくなった。

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反対側のホーム大田市寄りから。キハ120普通浜田行きが発車を待っていた。半年前はこの列車に乗って少し西へ向かっていた。

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半年前の経験から。サンライズ出雲を挟んで両側に381系の姿が見られる。今回もあっという間に12時間が過ぎた。

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2023年12月22日 (金)

2度目のサンライズ出雲・下り全区間乗車

今年念願かなってサンライズ出雲に東京駅から終点・出雲市駅まで乗ったことを5ヶ月前に書いたばかり

それから半年も経たないうちにもう1度全区間乗車の機会があった。「やくも」のリベンジという意味合いも強い。
前回と同様今回も金曜の夜ではない日のシングルに乗車。1ヶ月前の同日の仕事帰りに、みどりの窓口でたたいてもらって、平屋の進行方向右側の個室を取ることができた。

 

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21時25分、定刻通り東京駅9番線に入線。乗車してすぐ写真撮影タイム。

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2階でも1階でもない平屋部分は初めての乗車。揺れが気になるかと思いきや、浜松手前から岡山手前まで寝られた。

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この日、サンライズ瀬戸は琴平延長日。こちらは2019年2月に乗車したことがあって懐かしい。

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車内販売はないため、発車前に翌朝の分を含めて買い込むこととなる。

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今回は発車前に車内検札が終わり、早速晩酌タイムをじっくりと。前回の経験を活かすことができた。

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晩酌で起きられないかと思ったが、翌朝の岡山駅の停車時間に降り立つことができた。

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前回は進行方向前寄りを撮影しているので、今回は閑散とした後ろ寄りを。

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やはりこの角度は外せない。5ヶ月前は完全に明るくなっていたが、今回は夜明け前の薄暗い中。

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翌朝の食事情。なんとなく進行方向前を向いて軽めの朝食となった。

 

今回は2回に分けます。その2は後日。

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2023年7月14日 (金)

サンライズ出雲・下り全区間乗車

つい先日、念願かなって「サンライズ出雲」に東京駅から終点出雲市駅まで乗車した。前回の寝台列車乗車は、琴平延長の「サンライズ瀬戸」で4年半近く前。乗車機会がなかったが、木曜夜出発便のシングルが取れたので、梅雨の時期ではあるが、乗ってみることとなった。結果的に翌日は全区間運休となる綱渡り状態だった・・。

 

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「サンライズ出雲」は倉敷までの乗車が今までの最長だったので、この行先はずっと憧れだった。

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東京駅出発前の様子。写真撮影の姿が至るところで見られた。車内販売はないため、翌朝の食糧まで確保しておく必要がある。

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ブルトレ時代はほぼ進行方向右側だったため、今回も進行方向右側(山側)を押さえていただいた。

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個室だと流れる夜景を眺めつつ、こういう晩酌も心置きなく楽しめる。

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大井川を渡ったのを確認して就寝。翌朝は姫路停車で目が覚めて、岡山到着前の様子。

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岡山で切り離しの停車時間。「サンライズ瀬戸」発車後の出発のため、しばし撮影タイム。

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同じく切り離しの様子などを撮影している姿があった。

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岡山駅ホーム売店の様子。この写真からはわからないが、前日のうちの食糧確保は必須だと感じる朝でもあった。

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松江を過ぎるとしばらくの間、宍道湖を眺めながらの風景。出雲市は目前。

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終着・出雲市に定刻9:58に到着。ここでも写真撮影の姿が多く見られた。あっという間に12時間が過ぎた。

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2019年2月11日 (月)

琴平延長の「サンライズ瀬戸」に乗車

今年冬のある金曜日、約8年ぶりに寝台列車に乗車しました。「あさかぜ」や「はやぶさ」「富士」も廃止となり、東京から西へ向かう唯一となった「サンライズ瀬戸・出雲」。そのうち、「サンライズ瀬戸」のシングルが1か月前の正午前でも切符が取れたので、このタイミングで乗ることとしました。

乗車区間:東京22:00→高松7:27着・7:54発→琴平8:52

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進行方向右側(山側)の上段席を予約しました。発車20分前には既に入線しており、21:50頃に車内改札を受けて、スッキリした状態であとは夜の車窓を楽しむのみです。

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浴衣と枕、掛布団一式が整頓されています。外出の際の鍵は、部屋の外から暗証番号式でロックします。

Seto3
アルコールやおつまみ類は欠かせません(笑)。21時台でも東京駅の駅弁売り場には少々の仕入れが見られました。

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携帯電話も充電できます。なお、あらかじめ銭湯に行ったので、シャワーも気にせずに済みました。車内を暗くしてオリオン座や北斗七星などの星空を見つつ、浜名湖のあたりまで起きていました。その後、気づくと姫路駅でした。

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翌朝、高松には7:27定刻に到着。通常は終着ですが、今回は琴平まで延長です。進行方向も変わります。

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27分の停車時間。こういう気持ちよさを味わうのは、「富士・はやぶさ」が走っていた頃の門司駅以来です。

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改札側から。延長区間のみの乗車は不可とのことです。

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JR四国の主力車両と並びます。

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自分の乗車したのは2号車。改札を出ることはできませんが、改札内にも立ち食いうどん屋やコンビニ、パンを販売する店舗がありました。

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前日に買ったパンと高松駅でカツサンドとコーヒーを仕入れて、残りの区間で朝食とします。

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終着間際の車窓です。

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琴平駅にも時刻どおり8:52に到着です。ダイヤ改正後も臨時延長が予定されており、8:39着となります。

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ほとんどの乗客が高松までで下車したのでしょうか。閑散としていました。

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洗面台はありましたが、跨線橋を渡り、次の特急「しまんと5号」に乗って高知県へ向かうため、観察する時間はありませんでした。

今やクルーズトレインが全盛ですが、目的地まで普通に運んでくれる寝台列車の方が自分は好きです。個人的には朝少しゆっくりできる9時前または10時前くらいに終点に着くのが理想なので、今回の琴平延長はありがたく思えました。
「サンライズ出雲」も終着まで乗りたいです。

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2009年3月14日 (土)

寝台特急「富士・はやぶさ」(ソロ)の記憶-2

前回で最終章だったのですが、急遽もう1つ記事にしたいと思い立ちました。

夜行列車の記憶・第10弾(最終章)は、寝台特急「はやぶさ・富士」のB寝台個室・ソロの第2弾としてお送りします。前回が「はやぶさ」中心にした写真のため、今回は伝統の第1列車・「富士」から見た風景を中心にお送りします。この先、である調で失礼いたします。

昨晩東京駅で「富士・はやぶさ」最終列車の旅立ちを見送った後、記憶第2弾として8枚の写真をアップしようと思った。そして、最終列車がまだ走っているうちに・・・。

最終列車は上下とも遅れが出ているようである。上りは東京到着が11:20過ぎに、下りは10:40頃に下関を発車したというのをとあるサイトで見た。

そう、今までの記憶の中で、「遅れ」というのは欠かせない。いつか忘れたが、用宗駅で急停車した夜、大分に1時間遅れで到着した日、そして自分にとっての最終列車は、折尾駅で停車して遠賀川を徐行した。

個室にいられる嬉しさ半分、そろそろ外に出たい気持ち半分、複雑な思いが交錯するのを懐かしく思い出した。

2009年3月14日・本日のダイヤ改正で、東京駅を発車する九州ブルトレ、いやブルートレインそのものが消滅する。本当に寂しく辛いことであるが、車両たちと携われた関係者には、心からお疲れ様でしたという気持ちになった。

そして、いつの日か夜汽車というものが見直されて、なんらかの形で九州方面の寝台特急に会える「夢」を持ち続けて・・・。実現は難しいかもしれないが、これが正直な思いである。

写真1枚目:2008年9月の東京駅10番線の1コマ。

写真2枚目:夏場の出発はまだ明るい。これから始まる長い旅路に思いをはせて・・・。

写真3枚目:いよいよ関門、そして九州へ。

写真4枚目:門司駅で富士の最後尾を撮る。2008年9月の記憶。

写真5枚目:すぐ後に自分が乗車した車両を撮る。

写真6枚目:まだ夏の空を思わせる2008年9月初め、日豊本線の1コマ。

写真7枚目:杵築駅でソニックの通過待ち。そう、この時が1時間遅れだった。2007年6月の記憶。

写真8枚目:終着大分に到着。ED76とヘッドマークを撮る。Fh1 Fh2 Fh3 Fh4 Fh5 Fh6 Fh7 Fh8

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2009年3月13日 (金)

九州ブルトレ最終列車に

6分間ですが、立ち会うことができました。

定時に退社して東京駅へ向かい、東京駅に着いたのが17:53でした。そして10番線ホームに向かいます。すると、写真1枚目のような状況でした。

正直なところ、「ホームに上がれないか?」と思ったのですが、普通に上がることができました。予定していなかったのでデジカメはなく、携帯で写真撮影となりました。

JR東日本のアナウンスで「熊本・大分」の声が聞こえてきて、なんだか不思議な気分に・・・。

また、ホームには18:34発の「湘南ライナー1号」を待っている方もおりました。本当に「???」だったのでしょうね。そういう表情も1つの光景として記憶に残ります。

18:03、「富士・はやぶさ」は多数のファンに見送られて、いつもよりゆっくりと旅立っていきました。車内からも写真撮影されている方が多数いらっしゃいました。

これが本当にラストラン、何とも言えず・・・という心地の見送りでした。090313_175601 090313_180202_2 090313_180401

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2009年3月 7日 (土)

寝台特急「はやぶさ・富士」(ソロ)の記憶

夜行列車の記憶・第9弾(最終章)は、寝台特急「はやぶさ・富士」のB寝台個室・ソロです。廃止前のダイヤを載せておきます。

  • 東京18:03発→熊本11:49着
  • 東京18:03発→大分11:17着

2005年3月ダイヤ改正で九州方面へ行く唯一のブルトレとなり4年、その歴史に幕が閉じられようとしています。「富士ぶさ」と略されたりするところにも、時代の流れを感じさせられました。乗車回数を自分勝手に整理してみます。これは、杖立温泉に足を運んだ回数と同じです。自分にとって第2の故郷への交通手段でもありました。

  • 東京→久留米(2005年6月)
  • 東京→熊本(2005年8月)
  • 東京→大分(2005年11月)
  • 東京→博多(2006年3月)
  • 東京→博多(2006年6月)
  • 東京→博多(2006年9月)
  • 東京→博多(2007年3月)
  • 東京→大分(2007年6月)
  • 東京→熊本(2007年8月)
  • 東京→久留米(2008年3月)
  • 東京→久留米(2008年6月)
  • 東京→大分(2008年9月)
  • 東京→大牟田(2009年2月)

乗車したのは全て奇数番号個室(下段)でした。上段よりも進行方向前向きを選択する自分でした。山側の風景が広がります。この先、である調で失礼いたします。

記憶として印象に残る場面をいくつか・・・。

まずは島田駅を過ぎて大井川を越えるシーン。ここでいつも電気を暗くした。島田~金谷にかけての夜景がなんとも美しく見えた。大井川鐵道が見えてくると金谷駅通過、トンネルに入り、電気をつける。そして、この頃に「おやすみなさい」の放送が始まる。

「カーテンはよく閉めて、貴重品は身につけてお休みください」という放送が印象に残っている。

浜松~新居町にかけて部屋を暗くして眺めた風景も懐かしい。遠くに見える「イオン」、その後すぐに下り新幹線(おそらく臨時のぞみ)に抜かれていくパターンだった。少しだけ見える浜名湖の夜景も。

大垣を通過して垂井付近にさしかかると、下り本線は大きく迂回する。「○○歯科医院」の明かりを通過してしばらく進むと、そこは限りない闇夜の世界が広がる。と思ったら、途中で集落も現れて、家々に電気が灯っている。「こんなところにも生活があるんだ・・・」と、U2の音楽を聴きながらそんなことを思っていた。名古屋を発車して米原に着くまでの間、いつもU2を聴いていた。

関ヶ原を過ぎて東海道新幹線と交差する。もう新幹線は終わっている時刻で真っ暗なのが印象深い。

米原に着いてJR西日本に入るといつも寝る支度を始めた。次の目覚めは夏場はセノハチ付近、冬場は岩国あたりになる。

夜明けの早い夏場は犬の散歩や農作業の風景が見どころだった。特に農家の風景には頭が下がる思いだった。

こうして夜は明けて、なんとなく時を過ごしつつ、門司駅に着いてようやく外に出る。ここではゆっくり停車時間を味わうのが常だった。

単独の編成となった後は、やはりソニック待避が思い出される。「はやぶさ」は赤間もしくは福間で、「富士」は杵築でソニックに道を譲る。

こうしてすっかり日中の世界となった頃にいつも下車。それがとても贅沢な一晩に思えるのだった。

2009年3月13日の運転をもって引退することとなるが、私は「お疲れ様でした」という気持ちで静かに見守る気分である。この贅沢なゆとりある空間、今後も選択肢の1つとして残っていってほしいというのが、正直な気持ちである。

写真1枚目~3枚目:東京駅での1コマ。

写真4枚目:この瞬間がなんともいえない。

写真5枚目:田町~品川の様子。遠くに215系が見える。

写真6枚目:夏場の朝は早い。時計はまだ4:57だ。

写真7枚目・8枚目:気持ちの良い朝。

写真9枚目:門司駅での電気機関車交換作業。ここだけはいつも賑わっていた。

写真10枚目・11枚目:はやぶさの終着・熊本での1コマ。Hayafuji1b1 Hayafuji2b Hayafuji3b1 Hayafuji4b1 Hayafuji5b1 Hayafuji6b1 Hayafuji7b1 Hayafuji8b1 Hayafuji9b1 Hayafuji10b1 Hayafuji11b1

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2009年3月 5日 (木)

寝台特急「はやぶさ・富士」(A1)の記憶

夜行列車の記憶・第8弾は、寝台特急「はやぶさ・富士」のシングルデラックスです。

2005年3月1日ダイヤ改正後、九州方面へ行く唯一の寝台列車となった「はやぶさ・富士」。A寝台個室の乗車は以下の2度で終了となりそうです。

  • 東京18:03→中津10:01(2005年3月)
  • 徳山21:04→東京9:58(2009年2月)

特に最初の乗車は、なんだか寂しかったことを記憶しています。風景はいつもの山側から海側に変わり、同じ料金なのに・・・と正直感じたものでした。その後の乗車がB寝台に切り替わることとなったのです。1回だけに終わりそうな気配でしたが、今年2月、2度目の乗車がしかも上り列車で実現して、これはこれでいい思い出となりました。

写真1枚目:奇数番号のため、進行方向後ろ向きでした。

写真2枚目:ドアの向こうに過去のものとなったサロ110が見えています。

写真3枚目:夜が明けての1コマです。

写真4枚目:門司駅に着いての1コマです。

写真5枚目:「はやぶさ」発車後の門司駅、ゆっくりと撮影しました。Fuji1a1 Fuji2a1 Fuji3a1 Fuji4a1 Fuji5a1

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2009年2月28日 (土)

寝台特急「あさかぜ」の記憶

夜行列車の記憶・第7弾は、寝台特急「あさかぜ」です。

「あさかぜ」といえばブルトレの元祖、走るホテルとして国鉄時代は多くの人気を博したようですが、その頃の様子は残念ながら知りません。東京~博多、東京~下関の2往復が走っていたあたりを思い起こせるくらいです。前者は1994年12月改正で定期列車の運転取り止め、そして、最後の「あさかぜ」も2005年3月1日(火)ダイヤ改正をもって、廃止となりました。

4年前の今日は、「あさかぜ」最終列車の運転日。時が経つのは早いものですが、記憶を思い起こしてみたいと思います。こちらのページも一緒にご覧いただけると幸いです。

*東京19:00発→広島6:31着→下関9:55着

私が乗車したのは、2001年3月が初めて。その後、2003年~2004年にかけて8回乗車しました。いずれもシングルデラックス(A寝台1人個室)で、そのうち1回は両親を連れて乗りました。2番~4番の個室で、3番と4番は鍵を開けると通り抜けが可能となるものでした。こちらを両親に・・・。

「あさかぜ」のA寝台個室は、私にとって憧れでした。学生時代は遠く手が届かず、社会人になって余暇を趣味に費やすようになってやっと・・・。

この頃から九州へ行く時、往路は必ず寝台列車となりました。その幕が今まさに閉じられようとしています。

「あさかぜ」の記憶として1番に思い出されるのは、三原~広島間の走行音でしょうか。カーブの多い同区間で発せられる客車ならではの音、早朝のセノハチ越え。夏場だと既に外も明るくなり、犬の散歩や早くから農作業をされていらっしゃる方などの人間模様を眺めたり。

下関に着くのも私にとってはちょうどいい時間でした。駅売店でスポーツ新聞を買って、九州へ行く415系に乗り込むのが当時のパターンでした。記事を書きながら情景を思い浮かべてしまいました(^^;)

写真1枚目:5年前の東京駅での1コマです。

写真2枚目:アメニティセット一式がサービスとして。シャワーも無料で浴びることが可能でした。私も夏場に1度だけ使ったことがあります。

写真3枚目:テーブル・AV機器・洗面台がそろっていました。

写真4枚目:夜が明けた通路の様子です。

写真5枚目:ラウンジカーの様子です。眠れないときはここでおしゃべり、なんて光景もあったことでしょう。

写真6枚目:光駅に停車中に撮った1コマです。

写真7枚目:座席としても機能しています。

写真8枚目:東京~下関までEF66が牽引、終着下関での1コマです。Asakaze1 Asakaze2 Asakaze3 Asakaze4 Asakaze5 Asakaze6 Asakaze7 Asakaze8

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2009年2月25日 (水)

夜行列車というカテゴリー

今回はお知らせ記事です。

1つの時代が幕を閉じる感のある3月ダイヤ改正、それを目前に1つカテゴリーを新設しました。とはいっても1ヶ月くらい前からありますが、夜汽車の旅ならではの良さを感じ取っていただければ幸いと思って、本日の告知です。

夜行列車というカテゴリーです。左のカテゴリー一覧の「夜行列車」からも入れます。

夜行列車において、本日までの記事は全て一人旅です。1人旅だからこそ・・・という想いもあります。近々アップ予定である3つの「記憶」もひとり旅です。

最後に、今年に入って2度も乗車機会に恵まれたことに感謝して、切符の写真を1枚添付いたします。Kippu

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